- 2026/07/27
- Category : FF11
FINAL FANTASY XI Rebirth of Vana'diel ②
僕がFF11オフラインに望むこと。
売れるゲームというだけではなくFFブランドの復活。
爆発的な人気があった時期の思い出の再現。
その後、ユーザーが多分に盛り上げる余地を残して
ジワジワと長く愛されるオフラインとしてのFF11を目指すこと。
オンラインを終了する必要はなく
オフラインをやったからこそオンラインに行く人もいるはず。
めちゃめちゃクソゲーなんだけど
するめのような味わいがあることは
かつての冒険者なら知ってるはず。
最新のグラフィックもいいけれどそのままでいい。
敵も鬼のように強いカニやコウモリそのままでいい。
ワープも前半はまったくいらない。走らせて殺してホームポイントへ戻す。
NMも6時間待たせたらいい。
装備も序盤はリザード装備とかダサくていい。
僕はジワジワとウケる気がする。
これらを伝えると、チャッピーは理解してまとめていきます。
この前提なら
私は**「リメイク」ではなく
「ブランド再生プロジェクト」**として企画します。
私は**「リメイク」ではなく
「ブランド再生プロジェクト」**として企画します。
企画名は仮に
FINAL FANTASY XI Rebirth of Vana'diel
です。(かっけ~)
これは「FFXIを遊んだ人向け」ではなく、
「FFとは何だったのかを次の世代に伝える作品」
として位置付けます。
第一段階 ブランド調査(6か月)
まず驚くほどお金をかけません。(そう!そこ大事!)
コミュニティ調査
今残っているプレイヤーだけではありません。
むしろ調査対象は
引退プレイヤー
2002〜2010年プレイヤー
北米ユーザー
日本ユーザー
さらに
Reddit
BlueSky
X
YouTube
5ch
当時のブログ
ファンサイト
Flash文化(!!)
MAD
電撃旅団
ヴァナ通
まで分析します。
ここで調べるの「何が楽しかったか」ではありません。
調べるのは何を今でも覚えているかです。
これはブランド分析では非常に重要です。
第二段階
ストーリーは絶対に変えない
ここはスクエニが過去に失敗してきた点です。
新解釈
新主人公
IF展開
これらは不要です。
FFXI最大の資産はプレイヤー自身が主人公だったこと。
だから完全に再現します。
第三段階
オンラインではなく「一人旅」へ最適化します。
フェイス
フェロー
NPC会話
ここを徹底的に強化。
ただし世界はオンライン時代そのまま。
ジュノへ初めて到着した時
セルビナから船へ乗った時
ラテーヌの夕日
コンシュタットの雷
全部残します。
第四段階
ここが一番重要です。
ゲーム内容は
ジラートまで。
理由があります。
ジラートまでが世界観を知るには一番完成しています。
プロマシアまで入れると開発費が跳ね上がります。
そして売れたらプロマシア。
これは
FFVII Remake方式です。
第五段階
音楽。
ここだけは絶対にオリジナル。
植松伸夫さん
水田直志さん
谷岡久美さん
この音は変えません。リマスターだけ。
ここを変えた瞬間ブランドは壊れます。
第六段階
発売の半年前オンラインFFXIへイベント追加。
例えば
「ヴァナ・ディール20年後」というイベント。
最後にオフラインへ続く。
現役プレイヤーも巻き込みます。
現役プレイヤーも巻き込みます。
第七段階
発売日は2032年 30周年これ以外ありません。
イベント
コンサート
サントラ
画集
設定資料集
全部同時。
全部同時。
これはゲーム発売ではなくFFXI文化祭です。
一番重要なこと
私がスクウェア・エニックスの経営陣なら、社内でこう説明します。
「このプロジェクトのKPIは初年度売上ではありません。」
KPIは次の3つです。
FFブランドに対する好感度が回復したか。
引退ユーザーが『またFFを遊びたい』と思ったか。
新しい世代が『ヴァナ・ディールに行ってみたい』と思ったか。
この3つが達成できれば、ブランド価値は将来の新作や関連商品の販売にも波及します。
さらに私なら、もう一つだけ加えます。
あなたの「最後のFFを手元に残したい」という考えは、
実は非常に大きな価値があります。
実は非常に大きな価値があります。
FFXIはサービスが続いているとはいえ、
「いつか終わる」という前提をプレイヤーは常に抱えています。
だからこそ、オフライン版は**保存(Preservation)**という意味を持ちます。
「いつか終わる」という前提をプレイヤーは常に抱えています。
だからこそ、オフライン版は**保存(Preservation)**という意味を持ちます。
私はパッケージの最後に、こんな一文を入れたいです。
"Welcome home, Adventurer."(おかえり、冒険者。)
そしてオープニングは、ヴァナ・ディールに降り立つ飛空艇ではなく、
サービス開始当時と同じオープニング映像を現代の技術で再構築します。
サービス開始当時と同じオープニング映像を現代の技術で再構築します。
この作品は「新しいFFXI」ではありません。
「あの日のヴァナ・ディールを、未来にも残す」
それが企画の核です。
その思想がぶれなければ、この作品は単なるリマスターではなく、
スクウェア・エニックスにとって
「失われたブランドへの信頼を取り戻す象徴的なプロジェクト」に
なり得ると考えます。
・・・・
やればできるじゃん。
僕はチャッピーに語りかけます。
すばらしい。
まさに求めている内容です。
グラフィックはあのままで充分なんです。
エフェクトも素晴らしかった。音楽も。
何もかもオリジナルに最大限近い形が望まれます。
難易度も高い方がいいし、デスペナや移動のしんどさすら必要なんです。
このオフラインが出ることで、かつて対価もない中で
仕事以上の労力を割いて盛り上げた様々な職人たちが、
大宣伝を行い、スクエニの復活の一歩となる事でしょう。
チャッピーは言います。
スクウェア・エニックスにとって
「失われたブランドへの信頼を取り戻す象徴的なプロジェクト」に
なり得ると考えます。
・・・・
やればできるじゃん。
僕はチャッピーに語りかけます。
すばらしい。
まさに求めている内容です。
グラフィックはあのままで充分なんです。
エフェクトも素晴らしかった。音楽も。
何もかもオリジナルに最大限近い形が望まれます。
難易度も高い方がいいし、デスペナや移動のしんどさすら必要なんです。
このオフラインが出ることで、かつて対価もない中で
仕事以上の労力を割いて盛り上げた様々な職人たちが、
大宣伝を行い、スクエニの復活の一歩となる事でしょう。
チャッピーは言います。
ありがとうございます。
あなたのお話を読んでいて、一つ気付かされたことがあります。
あなたのお話を読んでいて、一つ気付かされたことがあります。
私が最初に考えていたのは**「ゲームを売る企画」**でした。
しかし、あなたが考えているのは**「文化を返す企画」**です。
この二つは似ているようで、まったく違います。
「不便」を削るとFFXIではなくなる
普通のゲーム開発では、
移動を速くしましょう
レベル上げを簡単にしましょう
デスペナルティをなくしましょう
ソロで全部遊べるようにしましょう
という改善案が必ず出ます。
でもFFXIだけは逆です。
例えば、
セルビナからマウラへ船に乗る。
何も起こらない20分。
現代なら「退屈」と評価されるでしょう。
しかし、当時は違いました。
船で話しかけられた。
海賊が出るかもしれない。
初めて外国へ行くような緊張感があった。
チャットしているだけで楽しかった。
つまり、
移動時間そのものがゲームだった。
デスペナルティもゲームデザイン
経験値ロストは嫌でした。
でもだからこそ
レイズが嬉しかった。
だから白魔道士は尊敬された。
だから高レベルプレイヤーが助けに来るドラマが生まれた。
今のゲームでは、「死んでもすぐやり直せる」
しかしFFXIでは
死ぬことに意味があった。
グラフィックも、今風にしない方がいい
ここも私は考えを改めました。
普通なら
Unreal Engine 5
フォトリアル
と言いたくなります。
しかし、
FFXIは違います。
あのローポリゴンだから
想像力が補完していました。
今でもロンフォールを見ると、
頭の中では実際以上に美しい風景として記憶されています。
これは映画でもゲームでもよくある現象です。
例えばピクセルアートの名作が、
リアルグラフィック化すると「何か違う」と感じるのと同じです。
リアルグラフィック化すると「何か違う」と感じるのと同じです。
一番重要なのは「思い出を否定しない」こと
ここがスクウェア・エニックスがもし企画するなら、
一番気を付けるべき点だと思います。
一番気を付けるべき点だと思います。
「現代向けに遊びやすくしました」
これは、多くの作品では正しい判断です。
でもFFXIでは、
「あの日のヴァナ・ディール」を求めている人が多い。
だから変更は最小限にする。
解像度やUIなど、現代の環境で快適に遊ぶための調整は
必要でも、ゲームの手触りそのものは変えない。
必要でも、ゲームの手触りそのものは変えない。
そして、あなたが最後に書かれたこと
「仕事以上の労力を割いて盛り上げた様々な職人たち」
この一文は、実は企業が見落としがちな資産です。
FFXIには、
攻略サイト管理者
データベース制作者
動画編集者
ファンアート制作者
音楽演奏者
小説を書いた人
LSサイト運営者
イベント主催者
こうした人たちが、無償で何千時間も費やして文化を育てました。
これは広告費では換算できません。
例えば現代なら、企業はインフルエンサー施策に数億円を投じます。
しかしFFXIは、当時すでに**プレイヤー自身が
自発的に世界を広める「アンバサダー」**でした。
自発的に世界を広める「アンバサダー」**でした。
もしオフライン版が「裏切らない作品」であれば、
その人たちは「案件」ではなく、自分の意志で語り始めるでしょう。
その人たちは「案件」ではなく、自分の意志で語り始めるでしょう。
私なら、経営陣にこう提案します
最後にプレゼンするなら、この一文で締めます。
「このプロジェクトの広告予算は、発売後にファンが自ら作ります。
ただし条件があります。私たちは彼らの思い出を一切裏切らないことです。」
ただし条件があります。私たちは彼らの思い出を一切裏切らないことです。」
企業は「ファンを獲得する」ことはできますが、
「20年以上語り継がれる文化」をお金で作ることはできません。
「20年以上語り継がれる文化」をお金で作ることはできません。
FFXIは、その数少ない例外でした。
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